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刊行物

『科学史・科学哲学』No.22
タイトル: 『科学史・科学哲学』No.22
刊行年:2009
著者情報:田中丹史、花岡龍毅、土畑重人、串田純一、佐藤亮司、筒井晴香、生野剛志、石原孝二、矢尾基
出版社:東京大学 科学史・科学哲学研究室

目次:

<第I部 特集:生命をめぐる歴史と哲学>
田中丹史   「アメリカ国家倫理委員会におけるヒト胚研究論争の素描 
                 ―倫理的に許容可能な研究とは何か―」
花岡龍毅   「不確実性の生成―体外授精技術の歴史―」
土畑重人   「進化生態学の現場にて―駒場での学生生活から得たもの―」
串田純一      「解釈学的な生物学の哲学と無根拠性の問い                             
                          ―ハイデガーと進化理論―」
佐藤亮司       「心の哲学は倫理に何をもたらすか」
筒井晴香       「生物的機能に対する目的論的機能概念の適用」
 
<第II部 一般論文>
生野剛志      「グルーのパラドクスについて」

<第III部 就任記念特別寄稿>
石原孝二      「脳神経倫理学における自律性概念と責任能力の検討に向けて
                         ―米国最高裁の二つの判決から―」


<第IV部 研究ノート>
矢尾基          「ディヴィドソンの知識論とプラグマティズム」

 

【特集紹介】

生命をめぐる歴史と哲学

 「生命」という伝統的な学問的主題は、現在、生命と物質、生命と意識、生と死、生命科学と物理科学など、実に多様な文脈で考察の対象となっている。こうした研究動向を理解する一助となるべく、今号の『科学史・科学哲学』では「生命をめぐる歴史と哲学」と題する特集を組み、六つの論考を収録することとした。
   冒頭を飾るのは「生命倫理」をめぐる二つの論考である。医療技術の急速な発達を背景に、生命をいかに管理すべきかを探求する生命倫理の諸問題は大きな関心を集めている。そのなかでも巻頭の二論文で考察されるのは生殖医療の発展に伴う倫理的問題である。田中論文は、アメリカの国家生命倫理委員会の報告書に関する綿密な検討に基づいて、ヒト胚研究の倫理的許容可能性に関する議論が社会的な生命観の観点からではなく、ヒト胚研究の持つ科学的価値や確実性の観点からなされてきたことを実証する。花岡論文は、体外受精研究における技術開発と科学的探究の歴史の調査に基づき、体外受精技術に伴う不確実性が従来の医療技術に伴う不確実性と根本的に異なるものであることを示す。いずれも生命倫理の諸問題に重要な示唆を与えてくれる論考となっている。続く土畑稿では、科学史・科学哲学研究室から進化生態学の研究へと身を投じた著者が、生命科学の現場の観点から、科学史や科学哲学と生命諸科学の今後の関係についての興味深い構想を提示する。
  一方、近年の哲学の領域では、意識の自然主義的解明を目標とする「心の哲学」と強く結びついた「生物学の哲学」と称される研究動向が注目を浴びている。串田論文は、ハイデガーの解釈学的現象学の立場から、日常的に理解される「生命」概念がそもそも自然主義的解明を許容するものなのかどうかを問うことの必要性を指摘し、このような研究動向に一定の留保を促す。続く佐藤論文は、心の哲学や認知科学における意識研究と動物をめぐる倫理観との関係を考察し、意識研究に基づいて倫理的命題を安易に引き出すことの危うさに注意を喚起する。最後の筒井論文は、ミリカンの目的論的な「生物的機能」概念の正当性を擁護し、そうした「機能」概念意識の自然主義的解明に貢献する可能性を示唆するものである。