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推薦者

三村 太郎

 以下、近代以前の科学史を学ぶ際に参考となる文献を紹介したい。(三村太郎『天文学の誕生』「文献案内」を基に作成。)

● ギリシャ科学史(数学史・天文学史・占星術史)

 ギリシャ科学一般については、Andrew Gregory, Eureka! The Birth of Science (London: Icon Books, 2001) が的確な見通しを与えてくれる。ギリシャ数学の基礎を与えたユークリッド『原論』については、斎藤憲『ユークリッド『原論』とは何か―二千年読みつがれた数学の古典』(岩波科学ライブラリー、2008)が最新の研究成果とともに概説してくれている。なお、ユークリッドの全著作の邦訳が斎藤憲らによって東大出版会から出版が進んでおり、原典に忠実な邦訳へのアクセスが飛躍的に容易になった。 天動説モデルの集大成であるプトレマイオス『アルマゲスト』については、Olaf Pedersen, A Survey of the Almagest Odense: Odense University Press, 1974SpringerからAlexander Jonesによる注を加えた改訂版が公刊)をこえる解説書はまだない。
 なお、近代以前の天文学史の概説としては、クリストファー・ウォーカー編(山本啓二・川和田晶子訳)『望遠鏡以前の天文学』(恒星社厚生閣,2008)がある。原著が出版された1996年当時の最新の天文学史がまとめられている。

 加えて、ギリシャ天文学に多大な影響を与えたバビロニア天文学の計算技法については先駆者ノイゲバウアーによるノイゲバウアー(矢野道雄・斎藤潔訳)『古代の精密科学』(恒星社厚生閣、新装版1990)をまず読むべきである。バビロニア社会と天文現象の関係といった社会的背景についてはFrancesca Rochberg, The Heavenly Writing: Divination, Horoscopy, and Astronomy in Mesopotamian Culture (Cambridge: Cambridge University Press, 2004) で比較的最近の研究動向を知ることができる。粘土板という扱いにくい資料に基づくため,多くの点で論争があることは注記しておく。また、ギリシャ天文学とバビロニア天文学の融合した天文資料を伝えるオクシュリンコス・パピルスの断片群についてはAlexander Jones, Astronomical Papyri from Oxyrhynchus (Philadelphia: American Philosophical Society, 1999) が原典とともに詳細な分析を与えている.

 前近代の天文学史を考える際に必要不可欠な占星術史については、矢野道雄『星占いの文化交流史』(勁草書房、2004;新装版2020)が豊富な原典資料の分析とともに幅広い見通しを与えてくれる。アレクサンドリアにおける占星術の社会的背景についてはTamsyn S. Barton, Power and Knowledge: Astrology, Physiognomics, and Medicine under the Roman Empire (Ann Arbor: University of Michigan Press, 1994) が詳しい。

● イスラーム科学史

 残念ながら、通史のようなものはまだ存在しない。まず、アッバース朝のギリシャ科学・哲学文献アラビア語翻訳活動については、ディミトリ・グタス(山本啓二 訳)『ギリシア思想とアラビア文化―初期アッバース朝の翻訳運動』(勁草書房、2002)が昨今の研究の方向付けをしたといっても過言ではない。グタス後のアラビア語翻訳活動についての最新かつ最大の成果は、古代末期からアッバース朝期までのヘルメス像の変遷を追ったKevin van Bladel, The Arabic Hermes: From Pagan Sage to Prophet of Science (New York: Oxford University Press, 2009) である。
 翻訳活動で主流を占めたシリア系キリスト教徒の学術活動については、Hidemi Takahashi, "Between Greek and Arabic: The Sciences in Syriac from Severus Sebokht to Barhebraeus", in Transmission of Sciences: Greek, Syriac, Arabic and Latin (ed. by Haruo Kobayashi and Mizue Kato, Tokyo: Organization for Islamic Area Studies, Waseda University, 2010, 16--39) が豊富な参考文献とともに概観を与えてくれる。

 アッバース朝の天文学研究に大きな影響を与えたインドの天文学については、大橋由紀夫「インドの伝統天文学-特に観測天文学史について(I)~(III)」(『天文月報』91(1998): 358--364, 419--425, 491--498)が簡潔ながら豊富な原典研究に基づいた概説としてまず手にとるべきものである。インド数学史についても豊富な原典研究に裏付けられた林隆夫『インドの数学―ゼロの発明』(中公新書、1993;ちくま学芸文庫、2020)がある。より詳しいインド数学史の概説として。天文学史にも一章割いているKim Plofker, Mathematics in India (Princeton: Princeton University Press, 2009) が登場した。
 また、近代以前の三角法の歴史についてはGlen Van Brummelen, The Mathematics of the Heavens and the Earth: The Early History of Trigonometry (Princeton: Princeton University Press, 2009) が豊富な例とともに詳細な解説を与えてくれる。

 イスラーム文化圏におけるコスモロジー研究(いわゆるハイア)の伝統については、A. I. Sabra, "Configuring the Universe: Aporetic, Problem Solving, and Kinematic Modeling as Themes of Arabic Astronomy" (Perspectives on Science 6 (1998): 288--330) が長年の原典研究に基づいて新たな見通しを与えてくれる。その伝統における惑星モデルの具体的な改良内容についてはGeorge Saliba, Islamic Science and the Making of the European Renaissance (Cambridge: MIT Press, 2007) が詳しい。しかし、トゥースィー・カップルの起源についてなど、根拠の少なさから定着していない(あるいは異論のある)サリバ自身の説を定説として組み込んで紹介していることを注記しておく。ハイアを理解する一番の近道はトゥースィー『ハイアの学覚書』を読むことである。幸い、詳細な序文と英訳・注釈つきで公刊されている(F.J. Ragep ed., tr. and comm., Nasir al-Din al-Tusi's Memoir on Astronomy, New York: Springer-Verlag, 1993)。